■ガイユス・ワレリウス・カトゥルスの長編詩『アッティス』(中山恒夫訳)
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深い海の上を、アッティスは船を急がせて進んだ。
歩くスピードを必死に上げ、プリュギアの森にたどり着いた。
木々に覆われた女神の場所があり、そこに彼は近づいた。
彼はそこで激しい狂気にとらえられ、心はあてどなくさまよい、
自分の股のつけ根にある重いものを、鋭い岩を使って切り落としてしまった。
そして自分に残された四肢には男がないということを感じたとき、
なお新鮮な血で大地を汚しながら 、
今や女となったアッティスは、白い手で軽いタンバリンを取った。
取ったのはあなたのタンバリンだ、キュベレーよ。
あなたの儀式に使う道具だ、母よ。
中は空洞になっている雄牛の背中を、柔らかい指を使って震動させ、
アッティスは震える声で仲間たちに向かって歌い始めた。(1-11)
「さあ、司祭たちよ、キュベレー女神の深い森へと一緒に行くのだ。
ディンデュモス山の女主人のさまよう家畜たちも一緒に行くのだ。
おまえたちは、追放されたものとして新天地を求め、わたしの仲間となり、
私をリーダーとして、私のとる道に従ってきた。
狂ったように波立つ海に耐え、愛の交わりを大いに憎むことで、その体を去勢したのだ。
猛スピードで所かまわず歩き回って、主人であるキュベレーの心を喜ばせよ。
怠惰な遅れは心から追い払ってしまえ。一緒に行け。
プリュギアにあるキュベレーの家、そしてプリュギアにある女神の森へとついて行け。
そこではシンバルやタンバリンの音が鳴り響いている。
そこではプリュギア人の笛吹きが曲がったアシで重々しい調べを奏でている。
そこではキズタを頭にかぶったバッコスの信女たちが頭を力任せに振り回している。
そこへ私たちが激しく踊って急ぐべきなのだ」(12-26)
かりそめの女となったアッティスが仲間たちにこのように歌うやいなや、
突如として一緒に踊る仲間たちは、震える舌から叫び声をあげる。
軽いタンバリンと、中が空洞になっているシンバルが響き、
歌い踊る群れは、緑のイーダ山へと足を速め急いで向かう。
アッティスは熱狂状態の中で息切れし、息も絶え絶えになりながら、
前後の見境なく進んでいく。
タンバリンの音に合わせて薄暗い森を、先陣を切って進む。
それはあたかも、飼いならされていない若いメス牛が、
くびきの重荷を背負うのを嫌がるかのようである。
すぐさま、キュベレーの司祭たちは、
リーダーである足の速いアッティスを猛烈な勢いで追う。(27-34)
そうして彼女たちは、疲れをおぼえつつ、キュベレーの家へと着いた。
大変な重労働をした後であったので、彼女たちは何も食べずに眠りにつく。
けだるさがするするとすべりおりて来て、彼女たちの目を鈍い眠気が覆う。
荒れ狂っていた心の狂気は、柔らかな休息の中で消えてしまう。(35-38)
けれども黄金の顔をした太陽が、その目をらんらんと輝かせ、
白い大気や固い大地や荒れる海を横切り、元気一杯の馬をひいて、
夜の影を追い払ってしまうと、目覚めたアッティスから眠りは逃げ、
あっという間に行ってしまう。
その眠りを震える胸でパシテア女神が受け入れた。(39-43)
柔らかい休息からさめて、凶暴な狂気もなくなり、
それと同時に、アッティスは胸中で自らがやったことに思いをめぐらせた。
曇りない心で何が自分にはなく、自分がどこにいるのかを理解した。
気持ちは燃え立ち、再び浅瀬へと戻っていった。
そこで、広大な海を目の当たりにし、目を涙でぬらしながら、
祖国に向かって悲しげに、悲痛な声で話しかける。(44-49)
「祖国よ、おお、私を創った方、祖国よ、
おお、私を生んだ方、惨めな私はあなたを捨て去ってしまいました。
奴隷が主人から脱走するときのように。
イーダ山の森へと私は足を向けました。
それは雪や、獣たちの氷のように冷たい住みかの傍に住むためであり、
熱狂して、獣たちのありとあらゆる隠れ家へと行くためだったのです。
一体どこに、どの場所にあなたがあると私は考えたらよいのでしょう、祖国よ。
いかんともしがたい狂気から心が解放されている短い時間の間、
わたしの小さな瞳は、あなたの方へとまなざしを向けたいと切に願っています。(50-57)
私は自分の家から遠く離れて、この森へと連れてこられるのですか。
祖国からも財産からも友からも親からも離れて行くのですか。
広場からも格闘訓練場からも勉学からも体育訓練場からも離れて行くのですか。
惨めな、ああ惨めな、返す返すも嘆かわしい心よ。
実際、私がとったことのない姿というのは何かあるのでしょうか。
私は女です。
私は青年でした。
私は若者でした。
私は少年でした。
私は体育訓練場の花形であり、拳闘場の名誉でした。
わたしの家の入り口にはいつも人が来ていて、その敷居は暖められていました。
わたしの家は花が咲き乱れた冠で飾られていました。
そこには寝室があり、太陽が昇ると私はそこを後にしたのです。(58-67)
私は今では神々に仕える身となり、キュベレー女神の奴隷と呼ばれるのでしょうか。
私は信女となり、私は私の一部分となり、私は男としては不毛になるのでしょうか。
私は緑のイーダ山、その冷たい雪に包まれた場所に住むのでしょうか。
私はプリュギアの高い頂(いただき)の麓(ふもと)で生きるのでしょうか。
そこには森に住むメスの鹿と、森をさまよう猪がいるのです。
今では、今となっては、自分のやったことが悲しい。
今では、今となっては後悔しているのです」(68-73)
アッティスのばら色の唇から、このような声が猛スピードで出て行き、
キュベレー女神の耳へ新着情報をもたらす。
そこで女神はライオンたちにつながれたくびきを緩め、
家畜の敵(つまりライオン)の中でも左側にいる一頭をたたきながら言う。(74-77)
「来なさい」と彼女。
「さあ、猛り狂って行きなさい。
狂気が彼を駆り立てるようにしなさい。
狂気に撃たれて彼が森の中へ戻るようにしなさい。
彼は私から自由になり、支配から脱しようとあまりに強く望んでいます。
さあ、尻尾で背中を打つのです。
お前に当てられる鞭に耐えなさい。
すべての場所に低いうなり声を響かせなさい。
太い首にある黄金のたてがみを猛々しく揺らすのです」(78-83)
このように言ってキュベレーはすごんでみせ、その手でくびきを解き放つ。
獣は自らを猛り狂わせ、その心は高揚する。
前に進み、うなり声を上げ、さまよい歩く足でやぶを切り拓く。
白く輝く海岸の水辺にたどり着くと、
いたいけなアッティスが海面の近くにいるのを目にし、攻撃をしかける。
アッティスは我を忘れ、人の手が入っていない森へと逃げ込む。
そこで終生変わることなく女奴隷として過ごした。(84-90)
女神よ、偉大なる女神よ、キュベレーよ、
ディンデュモス山の主人である女神よ、
私の家からあなたの狂気の全てを遠ざけてください、
女主人よ。他の者たちを凶暴にし、他の者たちを狂わせてくださいますように。
出典)ギリシア神話/フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』キュベレー/ガイユス・ワレリウス・カトゥルスの長編詩『アッティス』(中山恒夫訳)/「バルバロイ!」アッティス(Attis)/トルコ共和国大使館トルコ政府観光局ホームページ等より
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