■アーモンドのお菓子の始まり

■紀元前から用いられてきたマジパン

 お菓子の材料としてのアーモンドは大変古く、アーモンドペーストでできたマジパンは、 古代よりお祭り用のお菓子の材料として珍重されてきました。 マジパンの詳しい作り方を書いた一番古い記録は、イタリアのパティスト・プラチナムという人が 一五世紀に書いた料理書だそうですが、マジパンそのものは紀元前の時代から用いられてきた様で、 粉状に砕いたアーモンドにハチミツや砂糖を混ぜる様子が古代時代の壁画等にも多数描かれてきました。

 マジパンは、フランスではお菓子の基本的な材料としてケーキの台に加えられたり、 チョコレート菓子のセンターになったりしますが、可塑性があって粘土細工のいろいろな形をつくることもできる為、 着色料などで染められて様々なマジパン細工が作られています。イタリア、フランス、ドイツ、スペイン、 ポルトガルのヨーロッパ各地では伝説の中の竜やユーモラスな動物など、 工夫をこらした楽しいマジパン人形が店先にならんでいます。それらはお祭りやお祝いの時、 華やかさや陽気さを添えるためテーブルに飾られ、楽しまれています。

 ギリシャ時代からローマ時代へと東西の文化を受けついだイタリアではアーモンド菓子 をはじめとした様々な食文化が創造されました。その後16世紀以降ヨーロッパ文明の新たなにない手となったフランス人は、 ヨーロッッパ中にマジパン、プラリネ等を始めアーモンドを用いた様々なお菓子へとその用途を広げてきました。


ペルシャ時代のマジパンを作る様子


■婚礼や誕生祝いの贈り物アーモンドドラジェ

西洋のお菓子におけるアーモンドのもつ古い歴史を知る為に、忘れてはならないお菓子として砂糖がけのアーモンド“ドラジェ”があります。

アーモンドドラジェは紀元前二世紀、ローマの有名な貴族ファビウス家で結婚の内祝いや子どもの誕生祝いとして 用いられたのが始まりといわれています。古くからアーモンドは幸運をもたらす、あるいは子宝に恵まれるという言い伝えと共に、 以来ドラジェは祝い事における最高のお菓子としてヨーロッパで使われてきました。

フランスでは今でも女の子が生まれるとピンクのドラジェを、男の子が生まれるとブルーのドラジェをプレゼントするそうです。 ヨーロッパのお菓子屋さんではたいてい置いてある伝統菓子がアーモンド・ドラジェなのです。